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旧岩崎海岸町から見た御木本真珠島
元は相島(おじま)と呼ばれる。明治以降は海軍省の所管で、同24(1891)年には島の東南岸を埋立て石炭庫が設けられるなどしたが、島の一部を御木本幸吉が所有。半円真珠の養殖場とした。昭和3年に残りの土地を鳥羽町から譲り受け、さらに東南部を埋立<御木本真珠島とした。写真は今は埋め立てられてしまっているが、妙慶川の河口、岩崎海岸からの一枚である。【参考文献】横浜礼吉編『御木本真珠発明75周年』御木本真珠会社他 昭和43年発行
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- 観光施設
- 撮影場所
- 鳥羽市鳥羽一丁目
- 撮影日
- (戦前)((~1945))